ドミンゴの涙

サムソンとデリラの物語は旧約聖書にあり私も子供の頃から紙芝居やお話で聞いて来た。学生時代にはヴィクター マチュア、へディー ラマーという美男美女のコンビによるハリウッド映画も見た。そして2001年のメト東京公演ではサンサーンス作曲のオペラを観た。そしてこの数日は自治体からの70歳お祝い金で買ったDVDに夢中で過ごした。ドミンゴ、ボロディナが歌うDVDは私が5年前に観たステージそのものである。あの時はS席を買ったものの素晴らしい舞台を楽しむのは難しいほど悪い席で今になってみると殆ど覚えていない始末だ。改めてDVDであの舞台を辿って感激ひとしおの数日である。「春は目覚めて」やサムソンとデリラの愛の二重唱「あなたの声に私の心は開く」など身震いするほど美しく力強く、サムソンの「ジュ テーム」と高音を響かせる最後の部分を何度もリプレイして観た。髪を切られ目をえぐられたサムソン−ドミンゴの姿はNHKホールではいくら性能のいいオペラグラスを使っても見えなかったがDVDのなかで大きくアップになったその表情は彼の素晴らしい歌唱と相まって胸を突く。DVD購入は特に研究し情報を集めて決めたわけではなかったがこれは素晴らしいボーナス付きだった。この年、1998年は彼にとってメトデビュー30周年の記念すべき年で、「サムソンとデリラ」収録の日は彼を祝う特別な夜でもあったのだ。ニューヨーク市長をはじめメトに関係する一人一人から賞賛の言葉と拍手を受け、溢れる感涙を拭おうともせず立ち尽くすドミンゴの姿にまるで私もその夜に居合わせているかのような感激を覚えた。